栄転することになった。鬼などというものが一体どこにいるのだ。この家も凶宅どころか、今後は吉宅となるだろう。誰でも勝手にお住みなさい」
 そう言い終って、彼は起《た》って厠《かわや》へゆくと、その壁に蓆《むしろ》を巻いたような物が見えた。高さ五尺ばかりで、白い。彼は引っ返して刀を取って来て、その白い物を真っ二つに切ると、それが分かれて二つの人になった。さらに横なぐりに切り払うと、今度は四人になった。その四人が父の刀を奪い取って、その場で彼を斬り殺したばかりか、座敷へ乱入してその子弟を片端から斬り殺した。
 李姓の者はみな殺されて、他姓の者は無事にまぬかれた。
 そのとき李頤だけはまだ幼少で、その席に居合わせなかったので、変事の起ったのを知ると共に、乳母が抱えて裏門から逃げ出して、他家に隠れて幸いに命を全うした。

   蛟を生む

 長沙《ちょうさ》の人とばかりで、その姓名を忘れたが、家は江辺に住んでいた。その娘が岸へ出て衣《きもの》を濯《すす》いでいると、なんだか身内に異状があるように感じたが、後には馴れて気にもかけなかった。
 娘はいつか懐妊して、三つの生き物を生み落したが、それは小鰯《こいわし》のような物であった。それでも自分の生んだ物であるので、娘は憐れみいつくしんで、かれらを行水《ぎょうずい》の盥《たらい》のなかに養って置くと、三月ほどの後にだんだん大きくなって、それが蛟《みずち》の子であることが判った。蛟は龍《りゅう》のたぐいである。かれらにはそれぞれの字《あざな》をあたえて、大を当洪《とうこう》といい、次を破阻《はそ》といい、次を撲岸《ぼくがん》と呼んだ。
 そのうちに暴雨出水と共に、三つの蛟はみな行くえを晦《くら》ましたが、その後も雨が降りそうな日には、かれらが何処からか姿を見せた。娘も子供らの来そうなことを知って、岸辺へ出て眺めていると、蛟もまた頭《かしら》をあげて母をながめて去った。
 年を経て、その娘は死んだ。三つの蛟は又あらわれて母の墓所に赴き、幾日も号哭《ごうこく》して去った。その哭《な》く声は狗《いぬ》のようであった。

   秘術

 銭塘《せんとう》の杜子恭《としきょう》は秘術を知っていた。かつて或る人から瓜を割《さ》く刀を借りたので、その持ち主が返してくれと催促すると、彼は答えた。
「すぐにお返し申します」
 やがて其の人が嘉興《かこう》まで行くと、一尾の魚が船中に飛び込んだ。その腹を割くと、かの刀があらわれた。

   木像の弓矢

 孫恩《そんおん》が乱を起したときに、呉興《ごこう》の地方は大いに乱れた。なんのためか、ひとりの男が蒋侯《しょうこう》の廟《びょう》に突入した。蒋子文《しょうしぶん》は広陵《こうりょう》の人で、三国の呉《ご》の始めから、神としてここに祀られているのである。
 蒋侯の木像は弓矢をたずさえていたが、その弓を絞って飄《ひょう》と射ると、男は矢にあたって死んだ。往来の者も、廟を守る者も、皆それを目撃したという。



底本:「中国怪奇小説集」光文社
   1994(平成6)年4月20日第1刷発行
※校正には、1999(平成11)年11月5日3刷を使用しました。
入力:tatsuki
校正:もりみつじゅんじ
2003年7月31日作成
2003年9月29日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング