た。
やがて夜の初更《しょこう》(午後七時―九時)とおぼしき頃に、家の外から小児《こども》の呼ぶ声がきこえた。
「阿香《あこう》」
それは女の名であるらしく、振り返って返事をすると、外ではまた言った。
「おまえに御用がある。雷車《らいしゃ》を推せという仰せだ」
「はい、はい」
外の声はそれぎりで止むと、女は周にむかって言った。
「折角《せっかく》お泊まり下すっても、おかまい申すことも出来ません。わたくしは急用が起りましたので、すぐに行ってまいります」
女は早々に出て行った。雷車を推せとはどういう事であろうと、周は従者らと噂をしていると、やがて夜半から大雷雨になったので、三人は顔をみあわせた。
雷雨は暁け方にやむと、つづいて女は帰って来たので、彼女がいよいよ唯者《ただもの》でないことを三人は覚《さと》った。鄭重《ていちょう》に礼をのべて、彼女にわかれて、門を出てから見かえると、女のすがたも草の家も忽ち跡なく消えうせて、そこには新しい塚があるばかりであったので、三人は又もや顔を見あわせた。
それにつけても、彼女が「臨賀までは遠い」と言ったのはどういう意味であるか、かれらにも判ら
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