、奴僕はだしぬけに二人に言った。
「おまえ達はそこらの高い樹に登って、おれのする事を見物していろ」
二人はその言うがままにすると、彼はかたわらの藪《やぶ》へはいって行ったが、やがて一匹の黄いろい斑《ふ》のある大虎が藪のなかから跳り出て、すさまじい唸《うな》り声をあげてたけり狂うので、樹の上にいる女たちはおどろいて身をすくめていると、虎は再び元の藪へ帰った。これで先ずほっとしていると、やがて又、彼は人間のすがたで現われた。
「このことを決して他言するなよ」
しかしあまりの不思議におどろかされて、女たちはそれを同輩に洩らしたので、遂に主人の耳にもきこえた。そこで、彼に好《よ》い酒を飲ませて、その熟酔するのを窺って、主人はその衣服を解き、身のまわりをも検査したが、別にこれぞという物をも発見しなかった。更にその髪を解くと、頭髻《もとどり》のなかから一枚の紙があらわれた。紙には一つの虎を描いて、そのまわりに何か呪文《じゅもん》のようなことが記してあったので、主人はその文句を写し取った。そうして、酔いの醒めるのを待って詮議すると、彼も今更つつみ切れないと覚悟して、つぶさにその事情を説明した。
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