って、顧旃のむすめの名もそのうちに記《しる》されていたが、幸いにまだ朱を引いていなかった。
雷を罵る
呉興《ごこう》の章苟《しょうこう》という男が五月の頃に田を耕しに出た。かれは真菰《まこも》に餅をつつんで来て、毎夕の食い物にしていたが、それがしばしば紛失するので、あるときそっと窺っていると、一匹の大きい蛇が忍び寄って偸《ぬす》み食らうのであった。彼は大いに怒って、長柄の鎌をもって切り付けると、蛇は傷ついて走った。
彼はなおも追ってゆくと、ある坂の下に穴があって、蛇はそこへ逃げ込んだ。おのれどうしてくれようかと思案していると、穴のなかでは泣き声がきこえた。
「あいつがおれを切りゃあがった」
「あいつどうしてやろう」
「かみなりに頼んで撃ち殺させようか」
そんな相談をしているかと思うと、たちまちに空が暗くなって、彼のあたまの上に雷《らい》の音が近づいて来た。しかも彼は頑強の男であるので、跳《おど》りあがって大いに罵《ののし》った。
「天がおれを貧乏な人間にこしらえたから、よんどころなしに毎日あくせくと働いているのだ。その命の綱の食い物をぬすむような奴を、切ったのがどうした
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