口に供えて置くと、蛇はその匂いをかぎ付けて大きい頭《かしら》を出した。その眼は二尺の鏡の如くであった。蛇はまずその米を喰いはじめたのを見すまして、寄はかの犬を嗾《け》しかけると、犬はまっさきに飛びかかって蛇を噛んだ。彼女もそのあとから剣をふるって蛇を斬った。
 さすがの大蛇も犬に噛まれ、剣に傷つけられて、数カ所の痛手に堪《た》まり得ず、穴から這い出して蜿打《のたう》ちまわって死んだ。穴へはいってあらためると、奥には九人の少女の髑髏《どくろ》が転がっていた。
「お前さん達は弱いから、おめおめと蛇の生贄になってしまったのだ。可哀そうに……」と、彼女は言った。
 越《えつ》の王はそれを聞いて、寄を聘《へい》して夫人とした。その父は将楽県の県令に挙げられ、母や姉たちにも褒美を賜わった。その以来、この地方に妖蛇の患《うれ》いは絶えて、少女が蛇退治の顛末《てんまつ》を伝えた歌謡だけが今も残っている。

   鹿の足

 陳《ちん》郡の謝鯤《しゃこん》は病いによって官を罷《や》めて、予章《よしょう》に引き籠っていたが、あるとき旅行して空き家に一泊した。この家には妖怪があって、しばしば人を殺すと伝えら
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