るというほどのことでもない」と、樹のなかで答えた。
一人がまた言った。
「しかし文公がいつまでも強情《ごうじょう》にやっていたら、仕舞いにはどうする」
「どうするものか。根《こん》くらべだ」
「そう言っても、もし相手の方で三百人の人間を散らし髪にして、赭《あか》い着物をきせて、朱《あか》い糸でこの樹を巻かせて、斧を入れた切り口へ灰をかけさせたら、お前はどうする」
樹の中では黙ってしまった。
樹の下に寝ていた男はその問答を聞きすまして、明くる日それを申し立てたので、文公は試みにその通りにやってみることにした。三百人の士卒が赭い着物をきて、散らし髪になって、朱い糸を樹の幹にまき付けて、斧を入れるごとに其の切り口に灰をそそぐと、果たして大樹は半分ほども撃ち切られた。そのとき一頭の青い牛が樹の中から走り出て、近所の※[#「さんずい+豊」、第3水準1−87−20]水《ほうすい》という河へ跳り込んだ。
これで目的の通りに、梓の大樹を伐り倒すことが出来たが、青牛はその後も※[#「さんずい+豊」、第3水準1−87−20]水から姿をあらわすので、騎士をつかわして撃たせると、牛はなかなか勢い猛《た
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