焼かないというわけには行きません。しかし折角のお頼みですから、わたしは徐《しず》かに行くことにします。あなたは早くお帰りなさい。日中には必ず火が起ります」
彼はあわてて家へ帰って、急に家財を運び出させると、果たして日中に大火が起って、一家たちまち全焼した。
蛇蠱《じゃこ》
※[#「榮」の「木」に代えて「水」、第3水準1−87−2]陽《けいよう》郡に廖《りょう》という一家があって、代々一種の蠱術《こじゅつ》をおこなって財産を作りあげた。ある時その家に嫁を貰ったが、蠱術のことをいえば怖れ嫌うであろうと思って、その秘密を洩らさなかった。
そのうちに、家内の者はみな外出して、嫁ひとりが留守番をしている日があった。
家の隅に一つの大きい瓶《かめ》が据えてあるのを、嫁はふと見つけて、こころみにその蓋《ふた》をあけて覗くと、内には大蛇がわだかまっていたので、なんにも知らない嫁はおどろいて、あわてて熱湯をそそぎ込んで殺してしまった。家内の者が帰ってから、嫁はそれを報告すると、いずれも顔の色を変えて驚き憂いた。
それから暫くのうちに、この一家は疫病にかかって殆んど死に絶えた。
螻蛄
廬陵《ろりょう》の太守|※[#「まだれ+龍」、第3水準1−94−86]企《ろうき》の家では螻蛄《けら》を祭ることになっている。
何ゆえにそんな虫を祭るかというに、幾代か前の先祖が何かの連坐《まきぞえ》で獄屋につながれた。身におぼえの無い罪ではあるが、拷問の責め苦に堪えかねて、遂に服罪することになったのである。彼は無罪の死を嘆いている時、一匹の螻蛄が自分の前を這い歩いているのを見た。彼は憂苦のあまりに、この小さい虫にむかって愚痴を言った。
「おまえに霊があるならば、なんとかして私を救ってくれないかなあ」
食いかけの飯を投げてやると、螻蛄は残らず食って行ったが、その後ふたたび這い出して来たのを見ると、その形が前よりも余ほど大きくなったようである。不思議に思って、毎日かならず飯を投げてやると、螻蛄も必ず食って行った。そうして、数十日を経るあいだに虫はだんだんに生長して犬よりも大きくなった。
刑の執行がいよいよ明日に迫った前夜である。
大きい虫は獄屋の壁のすそを掘って、人間が這い出るほどの穴をこしらえてくれた。彼はそこから抜け出して、一旦の命を生きのびて、しばらく潜伏してい
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