ころを見識らない女に連れて行かれたの、それから京へ行って育てられたの、継母《ままはは》にいじめられたのと、まことしやかな作りごとをして、旦那さまをはじめ皆さんをいいように欺してしまって、とうとうこの家へ乗り込んだのでございます。思えば、一から十までわたくしが悪かったのでございます。どうぞ御勘弁をねがいます。」と、かれは前髪を畳にすり付けながら泣いた。
ここらでも人に知られた近江屋七兵衛、四十二歳の分別盛りの男が、いかにわが子恋しさに眼が眩《くら》んだといいながら、十七八の小女にまんまと一杯食わされたかと思うと、七兵衛も我ながら腹が立つやら、ばかばかしいやらで、しばらくは開《あ》いた口が塞がらなかった。それでもまだ腑に落ちないことがあるので、彼は気を取直して訊いた。
「そこで、鼠はどうしたのだ。おまえが持って来たのか。」
「それが不思議でございます。」と、お元はうるんだ眼をかがやかしながら答えた。「岐阜の宿をぬけ出す時に、商売道具は勿論、鼠もみんな置き去りにして来たのでございますが、途中まで出て気がつきますと、一匹の小鼠がわたくしの袂にはいっていたのでございます。どうして紛れ込んでいた
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