で、確にはおぼえて居りませんが、あの小僧さんには松明《たいまつ》を投げ付けられたようでござりました。(涙をぬぐう。)伴天連様。今のわたくしは人間であるのか、獣になったのか、我身でわが身が判りません。兎もかくも昼間は人なみの人間で、道理も人情も一通りはわきまえて居りながら、夜になると忽ち狼のこころに変って、人の肉を喰い、人の血を啜る……。こんな浅ましい因果な人間は、とても此世に生きてはいられないのでござります。どう考えても、死ぬより外はござりません。
モウロ (悼ましげに。)あなたの苦しみは察しられます。死のうとするのも無理はありません。昼は人間で、夜は狼になる――そういう不思議な人間は欧羅巴《ヨーロッパ》にもあります。それは日本の狐つきと同じように、狼が人間に憑くのだと云い伝えられて居りますが、所詮は悪魔が人間に乗り移って、さまざまの禍《わざわい》をさせるに相違ないのです。あなたにもその悪魔が憑いたのです。(形をあらためて。)しかし決して恐れることはありません、悲しむこともありません。悪魔に憑かれた人間が救われた例《ためし》は沢山あります。あなたも神さまにお祈りなさい。一心に神様にお縋
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