がってただ泣いていた。
父はどこで聞いたか、我が子が大宝寺町の庄蔵親方の世話になっていることをもう知っていた。そうして、おれは当時|西国《さいこく》の博多に店を持って、唐人《とうじん》あきないを手広くしている。一年には何千両という儲《もう》けがある。それでお前を迎いに来た。大工の丁稚奉公などしていても多寡が知れている。おれと一緒に西国へ来て大商人《おおあきんど》の跡取りになれと囁《ささや》いて聞かせた。
六三郎は夢のようであった。行くえの知れなかった父が突然に帰って来て、大商人の跡取りにするから一緒に来いという。なんだか嘘らしいような話でもあったが、正直な六三郎は父を疑わなかった。しかし親方に無断でこれから直ぐに行くのは困ると言った。親方に逢ってこれまでの礼を述べて、穏やかに暇を貰ってくれと父に頼んだ。
九郎右衛門はなぜか渋っていたが、結局わが子の言い条を通して、親方のところへ暇を貰う掛合いに行くことになった。いよいよ博多へ行くと決まったら、お園のことも父に打ち明けようと思っていたが、六三郎はまだそれを言い出す暇がなかった。雨はしとしと[#「しとしと」に傍点]降って来たので、父子
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