居では直ぐに浄瑠璃に仕組もうとした。作者の並木宗輔《なみきそうすけ》や浅田一鳥《あさだいっちょう》がひたいをあつめてその趣向を練っていると、ここに又ひとつの新しい材料がふえた。大宝寺町の大工庄蔵の弟子で六三郎《ろくさぶろう》という今年十九の若者が、南の新屋敷《しんやしき》福島屋の遊女お園《その》と、三月十九日の夜に西横堀で心中を遂げたのである。しかもその六三郎は千日寺に梟《さら》されている首のひとつにゆかりのある者であった。
芝居の方ではよい材料が続々湧いて出るのを喜んだに相違ないが、その材料に掻き集められた人びとの中で、最も若い六三郎が最も哀れであった。
六三郎は九郎右衛門の子であった。
九郎右衛門の素姓《すじょう》はよく判っていない。なんでも長町《ながまち》辺で小さい商いをしていたらしいが、太い胆《きも》をもって生まれた彼は小さい商人《あきんど》に不適当であった。彼は細かい十露盤《そろばん》の珠《たま》をせせっているのをもどかしく思って、堂島《どうじま》の米あきないに濡れ手で粟の大博奕《おおばくち》を試みると、その目算はがらり[#「がらり」に傍点]と狂って、小さい身代の有り
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