別に悪くはない。それが母をうしなって不自由であるから嫁を貰いたいという。まことに道理《もっとも》のことであるから、なんとかしてやろうと請け合っておいて、村の重立った者にそれを相談すると、誰も彼も首をかしげた。
「まったくあの男も気の毒だがなあ。」
 気の毒だとは言いながら、さて自分の娘をやろうとも、妹をくれようともいう者はないので、庄屋も始末に困っていると、そのなかで小利口な一人がこんなことを言い出した。
「では、どうだろう。このあいだから重助の家に遠縁の者だとかいって、三十五六の女がころげ込んでいる。なんでもどこかのだるま茶屋に奉公していたとかいうのだが、重助に相談してあの女を世話してやることにしては……。」
「だが、あの女には悪い病いがあるので、重助も困っているようだぞ。」と、またひとりが言った。
「しかし、ともかくもそういう心あたりがあるなら、重助をよんで訊いてみよう。」
 庄屋はすぐに重助を呼んだ。彼は、水呑み百姓で、一家内四人の暮らしさえも細ぼそであるところへ、この間から自分の従弟《いとこ》の娘というのが転げ込んで来ているので、まったく困るとこぼし抜いていた。娘といってもこと
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