すと見るや、彼は手早くその半股引をぬぎ取って、なにか呪文のようなことを唱えて跳り上がりながら、その股のまん中から二つに引裂くと、そのうわばみも口の上下から二つに裂けて死んだ。蛇吉はひどく疲れたように倒れてしまったが、人々に介抱されてやがて正気にかえった。
 その以来、人々はいよいよ蛇吉を畏敬するようになった。彼が振りまく粉薬も一種の秘薬で、蛇を毒するものに相違ない。その毒に弱るところを撃ち殺すという、その理屈は今までにも大抵判っていたが、今度のことは何とも判断が付かなかった。九死一生の場になって、彼がなにかの呪文を唱えながら自分の股引を二つに引裂くと、蛇もまた二つに引裂かれて死んだ。
 こうなると、一種の魔法といってもよい。もちろん、彼に訊いたところで、その説明をあたえないのは知れ切っているので、誰もあらためて詮議する者もなかったが、彼はどうもただの人間ではないらしいという噂が、諸人の口から耳へとささやかれた。
「蛇吉は人間でない。あれは蛇の精だ。」
 こんなことを言う者も出て来た。

     二

 人間でも、蛇の精でも、蛇吉の存在はこの村の幸いであるから、誰も彼に対して反感や敵意
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