ったのか知らないが、ここらの村では旧暦の四月のはじめ、かのうわばみがそろそろ活動を始めようとする頃に、蛇祭りというのを執行するのが年々の例で、長い青竹を胴にしてそれに草の葉を編みつけた大蛇の形代《かたしろ》をこしらえ、なんとかいう唄を歌いながら大勢がそれを引摺って行って、近所の大川へ流してしまう。その草の葉を肌守《はだまもり》のなかに入れておくと、大蛇に出逢わないとか、魅《みこ》まれないとかいうので、女子供は争ってむしり取る。こんな年中行事が遠い昔から絶えず繰返されているのを見ても、いかにかのうわばみがここらの人間に禍いし、いかにここらの人間に恐れられているかを想像することが出来るであろう。
 そのなかでただひとり、かのうわばみをちっとも恐れない人間――むしろうわばみの方から恐れられているかも知れない、と思われるような人間がこの村に棲んでいた。彼は本名を吉次郎というのであるが、一般の人のあいだにはその渾名《あだな》の蛇吉をもって知られていた。彼は二代目の蛇吉で、先代の吉次郎は四十年ほど前にどこからか流れ込んで来て、屋根屋を職業にしていたのであるが、ある動機からうわばみ退治の名人であると
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