れているばかりで、誰もその由来を知らなかった。廟内はまったく空虚で何物を祭ってあるらしい様子もなく、この土地でも近年は参詣する者もなく、ただ荒れるがままに打ち捨ててあるのだということであった。青蛙神――それが何であるかを羊得らも知らなかったが、大勢の兵卒のうちに杭州出身の者があって、その説明によって初めてその子細が判った。張訓の妻が杭州の生れであることは羊得も知っていた。
「これで、このお話はおしまいです。そういうわけですから、皆さんもこの青蛙神に十分の敬意を払って、怖るべき祟りをうけないよう御用心をねがいます。」
 こう言い終って、星崎さんはハンカチーフで口のまわりを拭きながら、床の間の大きいがま[#「がま」に傍点]を見かえった。
[#改ページ]

   利根《とね》の渡《わたし》


     一

 星崎さんの話のすむあいだに、また三、四人の客が来たので座敷はほとんどいっぱいになった。星崎さんを皮切りにして、これらの人々が代る代るに一席ずつの話をすることになったのであるから、まったく怪談の惣仕舞《そうじまい》という形である。勿論、そのなかには紋切形のものもあったが、なにか特色のあ
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