弱いわたくし共はまったくびくびくもので、早く寒くなってくれればいいと、ただそればかりを念じておりました。
「飯田さんのお仲さんはやっぱり勤めていることになったそうです。」
 ある日、お富がわたくしに報告しました。お仲はどうしても八月かぎりで暇を取るつもりでいたところが、御新造がお仲にむかって、お前はどうしてもこの家を出てゆく気か、わたしももう長いことはないのだからどうぞ辛抱していてくれ。これほど頼むのを無理に振切って出てゆくというなら、わたしはきっとおまえを怨むからそう思っているがいいと、たいへんに怖い顔をして睨まれたので、お仲はぞっとしてしまって、仕方なしにまた辛抱することになったというのでございます。
 お富はまたこんなことを話しました。
「あの御新造はゆうべ狢《むじな》を殺したそうですよ。」
「むじなを……。どうして……。」と、わたくしは訊きました。
「なんでもきのうの夕方、もう薄暗くなった時分に、どこからかむじなが……。もっとも小さい子だそうですが、庭先へひょろひょろ這い出して来たのを、御新造がみつけて、ばあやさんとお仲さんに早く捉《つか》まえろと言うので、よんどころなしに捉ま
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