けようとする時に、むこうから二人づれの女がはいって来ました。お富が小声で注意するように、お嬢さんと呼びますので、わたくしも気がついてよく見ますと、それはかの飯田の御新造と女中のお仲です。
近所に住んでいながら、特別に親しく附合いもしておりませんので、わたくし共はただ無言で会釈《えしゃく》してすれ違いましたが、お仲という女中はいかにも沈み切った、今にも泣き出しそうな顔をして主人のあとに付いてゆくのが、なんだか可哀そうなようにも見えました。
「お嬢さん。ごらんなさい。あの御新造の顔を……。」と、お富はふりかえりながら小声でまた言いました。
まったくお富の言う通り、飯田の御新造の顔容《かおだち》はしばらくの間にめっきりとやつれ果てて、どうしてもただの人とは思われないような、影のうすい人になっておりました。
「もうコレラになっているのじゃありますまいか。」と、お富は言いました。
「まさか。」
とは言いましたが、飯田の御新造の身の上について、わたくしも一種の不安を感ぜずにはいられませんでした。コレラは嘘にしても、なにかの重い病気に罹っているに相違ないとわたくしは想像しました。婦人病か肺病で
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