たいと言っていることは、そのお仲という女中がお富に話したのだそうでございます。
なぜだか知りませんけれど、御新造さんはこのごろ口癖のようにコレラになりたいと言う。どうしたらコレラになれるだろうなぞと言う。それがだんだんに劫《こう》じて来て、お元ばあやの止めるのをきかずに、お刺身や洗肉《あらい》をたべる。天ぷらを食べる。胡瓜《きゅうり》もみを食べる――この時代にはそんなものを食べると、コレラになると言ったものでした。それを平気でわざとらしく食べるのをみると、御新造さんは洒落や冗談でなく、ほんとうにコレラになるのを願っているように思われるので、年の若いお仲という女中はもう堪らなくなりました。万一コレラになったらば、それで御新造さんは本望かも知れないが、ほかの事とは違って傍《はた》の者が難儀です。御新造さんがコレラになって、それが自分たちにうつったら大変であるから、今のうちに早く暇を取って立去りたいと、お仲は泣きそうな顔をしていたというのでございます。
その話をきいて、母もわたくしもいやな心持になりました。
「あすこの家《うち》の奉公人ばかりじゃあない。あの家でコレラなんぞが始まったら近
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