でもあくまでも追い詰めてゆくと、かれは隅田川の岸から身をひるがえして飛び込んだ。その途中、捕り方に加勢してかれのゆく手を遮ろうとした者もあったが、その物すごく瞋《いか》った顔をみると誰もみな飛びのいてしまった。
「早く舟を出せ。」
捕り方は岸につないである小舟に乗って漕ぎ出すと、お冬のすがたは一旦沈んでまた浮き出した。川の底で自分から脱いだのか、あるいは自然に脱げたものか、浮き上がった時のお冬は一糸もつけない赤裸で、一本足で浪を蹴ってゆく女の白い姿がまだ暮れ切らない水の上にあきらかに見えた。
それを目がけて漕いで行くと、あまり急いで棹を損じたためか、まだ中流まで行き着かないうちに、その小舟は横浪に煽られてたちまち転覆した。捕り方は水練の心得があったので、いずれも幸いに無事であったが、その騒ぎのあいだにお冬のゆくえを見失ってしまった。ともかくも向う岸の堤《どて》を詮議したが、そこらでは誰もそんな女を見かけた者はないとのことで、捕り方もむなしく引揚げた。
牢屋のなかでその話を聴いて、庄兵衛はいよいよ思い当ったように嘆息した。
「まったくあの女は唯物《ただもの》ではござらなんだ。あれが
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