食うと、さすがは本場だけに、その旨い味は日本の唐もろこしのたぐいでない。
僕たちは代るがわるに畑からそれを取って来てむさぼり食らっていると、かの老人は十五六の少年に湯わかしを持たせて、自分は紙につつんだ砂糖と茶を持って来てくれたので、僕たちは再び多謝《トーシェー》をくり返して、すぐに茶をこしらえる支度をして、その茶に砂糖を入れてがぶがぶと飲みはじめた。唐もろこしを腹いっぱいに食い、さらにあたたかい茶を飲んで、大いに元気を回復したのを、老人はにこにこしながら眺めていたが、やがてT君にむかって小声で言い出した。この一行のうちに薬を持っている人はないかというのである。
実は主人夫婦のあいだにことし十七になる娘があって、それが先頃から病気にかかっている。ここらでは遼陽の城内まで薬を買いに行かなければならないのであるが、この頃は戦争のために城内と城外との交通が絶えてしまったので、薬を求める法がない。日本の大人《たいじん》らのうちに、もし薬を持っている人があるならば、どうかお恵みにあずかりたいと彼は懇願するように言った。
彼が我れわれに厚意を見せたのは、そういう下ごころがあったためであること
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