が若いだけに、妹の方が容易に白状するであろうと思ったからであった。おつぎは奥のひと間へ呼び入れられて、両親が膝づめで詮議すると、最初は強情に口をつぐんでいたが、いろいろに責められてとうとう白状した。
その白状がまた奇怪なものであった。おそよとおつぎは奥の八畳の間に毎夜の寝床をならべるのを例としていたが、八月はじめのある夜のことである。おつぎが夜半《よなか》にふと眼をさますと、自分のとなりに寝ている姉がそっと起きてゆく。初めは厠《かわや》へでも行くのかと思っていると、おそよは縁先の雨戸をあけて庭口の方へ忍んで出るらしいので、おつぎもなんだか不思議に思った。一種の不安と好奇心とに誘われて、妹もそっと姉のあとをつけて出ると、おそよは庭口から裏手へまわった。そこには広い空地《あきち》があって、古い井戸のほとりには大きい椿が一本立っている。おそよはその井戸のそばへ忍び寄って、月あかりに井戸の底を覗いているらしかった。
それから毎晩注意していると、おそよの同じ行動は四日も五日も続いて繰返された。おつぎはそれを両親に密告しようかとも思ったが、ふだんから仲好しの姉の秘密をむやみに訴えるのは好くないと考えて、ある晩、姉がいつものように出てゆくところを呼びとめて、一体なんのためにそんなことをするのかと聞きただすと、おそよは心願があるのだと言った。それがどうも疑わしいので、おつぎは更に根掘り葉ほり詮議すると、おそよもとうとう包み切れなくなって、初めてその秘密を妹に打明けた。
今から一と月ほど前の午《ひる》ごろに、おそよがかの古井戸のほとりを通ると、二匹の大きい美しい蝶がもつれ合って飛んでいて、やがてその二つの蝶は重なり合ったままで井戸のなかへ落ちて行った。おそよはそのゆくえを見定めようとして井戸のそばへ寄って見おろすと、蝶の姿はもう見えなかった。水に落ちてしまったのかと、じっと底の方を覗いていると、水のうえに二つの美しい男の顔が映った。おどろいて左右を見返ったが、あたりには誰もいない。ふたつの蝶が二つの男の顔に変ったわけでもあるまい。不思議に思っていつまでも覗いていると、その男の顔はこっちを見あげてにっこりと笑ったので、おそよはぞっとして飛びのいた。
しかし薄気味の悪かったのは単にその一刹那だけで、おそよは再びその美しい男の顔が見たくなった。かれは左右を窺いながら、抜足をして井戸のそばへ立ち寄って、そっと水の上を覗いてみたが、男の顔はもう浮かんでいなかった。おそよは言い知れない強い失望を感じて、すごすごとそこを立去ったが、あくる日ふたたびその井戸端を通ると、かれは今日もその上にふたつの蝶のもつれて飛んでいるのを見た。蝶はどこへか姿を隠してしまったが、おそよはその蝶のゆくえを追うようにきょうも井戸のなかを覗いてみると、二つの顔はまたあらわれた。おそよはいつまでも飽かずにその顔を見つめていた。
それが始まりで、おそよは一日のうちに幾たびかその古井戸をのぞきに行った。そうしているうちに、明るい真昼には男の顔が見えなくなって、彼らの美しい顔は夜でなければ水の上に浮かばないようになった。夜ならば月夜はもちろん、闇の夜でも男の顔ははっきりと見えて、宵のうちよりも真夜中の方が一層あざやかに浮き出していた。
おそよがこのごろ夜ふけに寝床を抜け出してゆく子細はそれで判ったが、妹のおつぎにはまだ十分に信じられなかったので、かれは姉にたのんで一緒に連れて行ってもらうことになった。古井戸の水の上には果して二つの白い顔が映っていて、いずれも絵にかいたお公家《くげ》さまのような、ここらではかつて見たこともない優美な若い男たちであったので、おつぎも暫くは夢のような心持で、その顔を見つめていた。そうして、姉が毎晩かかさずにここへ忍んで来るのも、なるほど無理はないとうなずかれた。
井戸の水に映る顔は二つで、今までは姉ひとりがそれを眺めていたのであるが、その後は二つの顔に向いあう女の顔も二つになつた。姉妹は毎夜誘いあわせて、その井戸端へ通いつづけていたのである。勿論、その顔を覗くだけのことで、ほかにはどうにも仕様がないのであるが、かの猿猴《えんこう》が水の月をすくうとおなじように、この姉妹も水にうつる二つの美しい顔をすくい上げたいような心持で、夜のふけるのを待ちかねて毎晩毎晩忍んで行った。そうして、身も痩せるばかりの果敢《はか》ない、遣瀬《やるせ》ない思いに悩みつづけているのであった。
二
吉左衛門夫婦はさらに姉娘のおそよを呼出して詮議すると、妹がもういっさいを白状してしまったのであるから、姉も今更つつみ隠すことは出来なかった。おそよも親たちの前で正直に何もかも打明けたが、その申口はおつぎとちっとも変らないので、吉左衛門夫婦ももう疑う余地はなかった。念の
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