梅沢君も不思議に思った。呉れた人にもその訳はわからなかった。いずれにしても面白いものだというので、梅沢君はそのがま[#「がま」に傍点]を座敷の床の間に這わせておくと、ある支那通の人が教えてくれた。
「それは普通のがま[#「がま」に傍点]ではない。青蛙というものだ。」
その人は清《しん》の阮葵生《げんきせい》の書いた「茶余客話」という書物を持って来て、梅沢君に説明して聞かせた。
それにはこういうことが漢文で書いてあった。
――杭州に金華将軍なるものあり。けだし青蛙の二字の訛りにして、その物はきわめて蛙に類す。ただ三足なるのみ。そのあらわるるは、多く夏秋の交《こう》にあり。降《くだ》るところの家は※[#「禾+朮」、第3水準1−89−42]酒《じゅつしゅ》一盂を以てし、その一方を欠いてこれを祀る。その物その傍らに盤踞《ばんきょ》して飲み啖《くら》わず、しかもその皮膚はおのずから青より黄となり、さらに赤となる。祀るものは将軍すでに酔えりといい、それを盤にのせて湧金《ゆうきん》門外の金華太侯の廟内に送れば、たちまちにその姿を見うしなう。而して、その家は数日のうちに必ず獲《う》るところあり、云々《うんぬん》。――
これで三本足のがま[#「がま」に傍点]の由来はわかった。それのみならず更に梅沢君をよろこばせたのは、その霊あるがま[#「がま」に傍点]が金華将軍と呼ばれることであった。梅沢君の俳号を金華というのに、あたかもそこへ金華将軍の青蛙が這い込んで来たのは、まことに不思議な因縁であるというので、梅沢君はその以来大いにこのがま[#「がま」に傍点]を珍重することになって、ある書家にたのんで青蛙堂という額を書いてもらった。自分自身も青蛙堂主人と号するようになった。
その青蛙堂からの案内をうけて、わたしは躊躇した。案内状にも書いてある通り、きょうは朝から細かい雪が降っている。主人はこの雪をみて俄かに今夜の会合を思い立ったのであろうが、青蛙堂は小石川の切支丹坂をのぼって、昼でも薄暗いような木立ちの奥にある。こういう日のゆう方からそこへ出かけるのは、往きはともあれ、復《かえ》りが難儀だと少しく恐れたからである。例の俳句会ならば無論に欠席するのであるが、それではないとわざわざ断り書きがしてある以上、何かほかに趣向があるのかも知れない。三月三日でも梅沢君に雛祭りをするような女の子はな
前へ
次へ
全128ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング