が判ってみると、我れわれの感謝も幾分か割引をしなければならないことになるが、その事情をきけば全く気の毒でもある。由来、ここらの人は日本人をみな医者か薬屋とでも心得ているのか、僕たちの顔を見ると、とかくに病気を診察してくれとか、薬をくれとか言う。今までにもその例はたびたびあるので、この老人の無心も別にめずらしいとは思わなかったが、病人の容体をよく聴かないで無暗に薬をやることは困る。現に海城の宿舎にいたときにも、胃腸病の患者に眼薬の精※[#「金+奇」、第3水準1−93−23]水《せいきすい》をやって、あとでそれに気がついて、大いに狼狽して取戻したことがある。その失敗にかんがみて、その後は確かにその病人を見届けない限りは、うかつに薬をあたえない事にしていた。
T君はその事情を彼に話して、ともかくもその病人に一度逢わせてもらいたいと言うと、老人はすこぶる難儀らしい顔をして、しばらく思い煩《わずら》っているらしかったが、こっちの言い分にも無理はないので、それでは主人とも一応相談してみようということになって、彼は他の少年と一緒に奥へ引っ返して行った。
僕たちはもちろん医者ではないが、それでもでたらめに薬をやるよりは、一応その本人の様子を見て、親しくその容体をきいた上で、それに相当しそうな薬をあたえた方が安全である。殊にその当時は僕たちもまだ若かったから、その病人が十七の娘であるというので、どんな女か見てやりたいというような一種の興味も伴っていたのであった。
「どんな女だろう。まだ若いんだぜ。」
「一体なんの病気だろう。」
「婦人病だと困るぜ。そんな薬は誰も用意して来なかったからな。」
「悪くすると肺病だぜ。支那では癆《ろう》とかいうのだそうだ。」
そんな噂をしているうちに、僕はかの「家有妖」の一件を思い出した。
「門の前の井戸で水を汲んでいた男……あの男の話によると、ここの家《うち》には化物が出るか、なにかの祟りがあるか、なにしろ怪しい家らしいぜ。あの男は家有妖と書いて見せたよ。」
「むむう。」と、ほかの三人も首をかしげた。
「それじゃあ、その娘というのも何かに取憑《とりつ》かれてでもいるのかも知れないな。」とT君は言った。
「そうなると、我れわれの薬じゃあ療治は届かないぞ。」とM君は笑い出した。
僕たちも一緒に笑った。ふだんならばともかくも、いわゆる砲煙弾雨《ほうえん
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