いと困ります。
高田 そうですねえ。(云いかけて、これも耳を傾ける。)さっきから話にまぎれて気が注《つ》かなかったが、阿母さんのいう通り、いつの間にか雨が降り出して来ましたね。
李中行 成程、又ふり出して来たようだ。此頃の秋のくせで仕方がない。
(雨の音。虫の声。それを聴くとも無しに耳を傾けて、二人はしばらく無言。下のかたより第一の男、三十余歳、笠をかぶりて出て、入口の扉を叩く。)
李中行 (みかえる。)中二かな。
(外にては又叩く。)
高田 (立って扉をあける。)中二君ですか。
第一の男 (入り来る。)今晩は……。
李中行 (立上りて、不審そうに。)お前さんはどこの人だな。
第一の男 わたしは旅の者で、奉天の方から大連の町へ来たのですが、……何分初めてのことですから、土地の方角はわからず、日は暮れる、雨は降る、まことに困っているのですが、今晩一晩だけ泊めて下さるわけには参りますまいか。
李中行 (冷《ひやや》かに。)いけない。お断りだ。
第一の男 寝床などは無くても構いません、この土間の隅にでも寝かして下されば宜しいのです。たった一晩だけですから……。
李中行 (声|暴《あら》く。)
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