。願います……。(云いかけていよいよ弱る。)
高田 これ、しっかりして、しっかりして……。
李中行 これ、中二……中二……。
柳 (泣く。)しっかりしてお呉れよ。
(この隙をみて、第一の男は縛られたるままに突然立上って逃げようとするを、會徳等が走りかかって押え付ける。)
會徳 こいつ、油断のならない奴だ。
男甲 早く警察へ引渡して仕舞おうではないか。
男乙丙 それがいい、それが好い。
高田 途中で逃がさないように気をつけて下さいよ。
會徳 なに、こっちは四人だから大丈夫だ。さあ、行け、行け。
(會徳は男の縄を取り、甲乙丙も付き添いて、入口の扉をあけて下の方へ去る。中二は父と母とに抱かれながら瞑目する。)
高田 (のぞく。)もういけませんか。
柳 いけないようですよ。
高田 (呼ぶ。)中二君……中二君……。(嘆息しながら頭を掉《ふ》る。)ああ、もういけない。残念だなあ。
李中行 娘が死んで、まだ半月経つか経たないのに、せがれが又こんなことになるとは……。私はよっぽど祟られているのだ。(気がついたように。)もし、高田さん。中二は保険を付けていたそうですね。
高田 こういう事になるのを予期していたわけでも無いでしょうが、中二君はなぜか傷害保険を付けていたそうで、その保険額は三千円だと云うことです。
李中行 三千円……。
高田 ほかに二百円の貯蓄があるそうです。
李中行 そうすると、両方あわせて三千二百円か。
柳 娘が死んだときに貰ったのも三千二百円だったね。
李中行 (叫ぶ。)そうだ、そうだ。今度もやっぱり四千両だ、四千両だ……。
高田 (唸るように。)むむ、四千両……。第二の犠牲だ。
李中行 妹が四千両……。兄が四千両……。八千両でとうとう子供ふたりの命を売ってしまったのだ。ああ、何ということだ。
(李は自分のあたまを掻きむしりながら、狂うように室内をあるき廻ると土間に落ちたるピストルにつまずき、拾い取ってランプの灯に照らして見る。)
高田 (のぞく。)ピストルですね。今の馬賊が落して行ったんでしょう。(李の手より受取って見る。)連発銃で、まだ弾《たま》が篭めてあるらしい。これは証拠物だから保管して置かなければなりません。(卓の上に置く。)
(柳は中二の死骸をかかえて泣いている。ランプのひかり薄暗くなる。土間の隅に三足の青蛙あらわれて、青き光を放つ。李はそれを見つけて又もや狂うように叫ぶ。)
李中行 (指さしながら。)あ、又来た、又来た……。
高田 え。(みかえる。)おお、蝦蟆だ、蝦蟆だ。
李中行 ゆうべ捨てて来たのに、又いつの間にか帰って来て、今度は中二の命を取ったのか。(罵る。)畜生……畜生……。貴様のおかげで、大事の息子も娘もみんな殺されてしまったのだ。金なんぞは要らないから返してやるぞ。(そこらに落ちたる金貨や銀貨をつかんで、青蛙に叩き付ける。)さあ、息子をかえせ、娘を返せ。
(李は哮《たけ》り狂って、手あたり次第に金貨や銀貨をなげ付け、更に卓の上のピストルを把れば、高田は見かねて支える。)
高田 まあ、お待ちなさい。
柳 (おなじく支える。)そんなことをして、又どんな祟りがあるかも知れないから、およしなさいよ。
李中行 ええ、祟るならどんなにでも祟ってみろ、もう斯《こ》うなったら息子のかたきだ、娘のかたきだ。畜生、唯は置くものか。
(李はピストルを把って進もうとするを、高田と柳は支える。李は振放そうと争うはずみに、ピストルの曳金は外れて、我手でわが胸を撃ちて倒れかかる。)
高田 (李をかかえながら。)もし、どうしました……。どうしました。
柳 お前さん……。どうしたのよ。
(李は二人に介抱されながら土間に倒れて、持っているピストルを取落す。ランプは明るくなりて、青蛙は光の消えたるままに残っている。薄く雨の音。入口の扉を叩く音。高田は気がついて見返る。)
高田 あ、誰か又来たようだ。
(高田は行きかかれば、柳は恐るるように引き留めて、行くなというに、高田はすこしく躊躇する。再び扉をたたく音。高田は又行きかかるを、柳は又ひき留める。暫時の沈黙。三たび扉を叩く音。)
高田 だれか村の人が来たんでしょう。それとも警察の人か。(柳を押退けて。)なに、大丈夫。怖いことはありませんよ。
(高田は思い切って行きかかれば、柳は土間に落ちたるピストルを拾い取って渡す。高田はピストルを手に持ちて扉をあけると、第一幕の旅の男、小さい革の箱をかかえ、片手に竹笠を持ちて入り来る。)
柳 (すかし見て。)あ、おまえさんは……。あの人だ、あの人だ……。
旅の男 はい、十五夜の晩に来た旅の者です。
高田 では、青蛙神の蝦蟆を持ち歩いている人か。
旅の男 そうです。(土間の青蛙に眼をつける。)おお、やっぱりここにいましたか。私はこれを探しに来たのです。(男
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