いや、なんと云ってもお断りだ。見識らない人間を泊めることは真平だ。早く出て行ってくれ。
第一の男 どうしてもいけませんか。
李中行 いけない、いけない。
高田 (やや気の毒そうに。)ここは一軒家じゃあない、ほかにも百姓家《ひゃくしょうや》は沢山あるのだから、ほかの家《うち》へ行って頼んで御覧なさい。
第一の男 はあ。(躊躇している。)
李中行 まあ出て行ってくれ。今もいう通り、旅の人間を泊めるのは真平御免だ。すぐに出て行ってくれ。ええ、おまえも強情な男だな。
(李は無理に男を表へ押出せば、男は井戸端へ出て跡をみかえり、やがて笠をかたむけて下のかたへ立去る。)
高田 なんだか変な男だ、ほんとうに奉天から来たのかな。
李中行 奉天から来ようが、遼陽から来ようが、旅の男なぞを泊めることは出来ない。あの青い蝦蟆を持っていた男も、丁度今夜のような雨のふる晩に、無理に泊めてくれと云って押込んで来たのだが、あの時にあの男を泊めて遣らなかったら……。ああ、わたしが悪かったのだ。
(李は悔むように嘆息する。寝室より柳出づ。)
柳 今、だれか来たようでしたね。
高田 知らない人が泊めてくれと云って来たんです。
柳 (李に。)おまえさん、断ったろうね。
李中行 勿論のことだ。今も云っている所だが、知りもしない旅の人間なぞを何《ど》うして迂闊《うかつ》に泊められるものか。無理に断って、逐い出してしまったのだ。
柳 なんでも逐い出してしまうに限るよ。又どんな魔ものが舞い込んで来るかも知れないからね。(云い捨てて、再び寝室に入る。)
高田 (見送る。)やっぱり落付いていられないんですね。
(李は困ったと云うような顔をして、無言にうなずく。高田も気の毒そうに黙っている。雨の音、下のかたより第二の男、やはり第一と同じくらいの年配にて、笠をかぶりて出で、入口の扉をたたく。二人は一旦見返ったが、李はわざと素知らぬ顔をしている。高田は立って扉をあける。)
高田 どなた……。
第二の男 (入り来る。)旅の者ですが、一晩泊めて頂きたいので……。
高田 え、お前さんも泊めてくれと云うのか。
李中行 (ぎょっとしたように、飛び上って呶鳴《どな》る。)いけない、いけない。お断りだ。
第二の男 初めてこっちへ来ましたので、土地の方角はわからず、日は暮れる、雨は降る……。
李中行 (いよいよ呶鳴る。)ええ、同じような
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