たより工場の事務員浦辺、三十五六歳、洋服を着て先に立ち、若き事務員村上は花環を持ち、あとより支那の苦力《クーリー》二人が担架をかき、担架には阿香の死骸を横えて白い毛布をかけてある。又そのあとより同じ工場の女工時子、君子が草花を持ちて出づ。)
高田 (会釈して。)皆さん、御苦労でした。
中二 狭い所ですが、どうぞこちらへ……。
(中二は母を連れて内に入る。一同もつづいて内に入れば、中二と高田が指図して、會徳も手伝い、阿香の死骸を上のかたの寝室へ運び込む。浦辺は苦力に向って、もう帰ってもよいと知らすれば、二人は担架を舁《か》きて去る。村上は花環をささげ、時子と君子も花をささげる心にて、連れ立ちて寝室に入れば、中二と會徳は室内に残り、高田は出る。)
浦辺 (高田に。)ここにいるのがお父さんですね。
高田 (李をみかえって。)そうです、そうです。(柳を指さして。)これが阿母さんです。
浦辺 (夫婦に。)委細は息子さんに話して置きましたが、まことに飛んだ災難で、なんとも申上げようがありません。
(李と柳とは無言で頭を下げる。)
浦辺 勿論、工場の方にも規定があって、相当の弔慰金を差上げる筈になって居りますから、いずれ改めておとどけ致します。
李中行 (低い声で。)はい、はい。
(村上、時子、君子は寝室より出づ。)
浦辺 よく拝んで来ましたか。
時子 (眼を湿《うる》ませながら。)はい、お花を供えて拝んでまいりました。
君子 お午過ぎまで一緒に仕事をしていた阿香さんが、俄にこんなことになろうとは……。
(二人は袖を眼にあてて啜《すす》り泣きをする。)
村上 調べ革のあぶないと云うことは、阿香さんもよく知っている筈だがなあ。
高田 何かの用があって機械場へ行く場合には、よく気をつけるように云い渡されているんだが……。どうして調べ革のそばへ近寄ったのかなあ。
浦辺 その場にいた者の話によると、阿香さんもそんなに危ない所を通ったと云うわけでもないのだが、なんだか物にでも引かれたように、自分の方からふらふら[#「ふらふら」に傍点][#「ふらふら[#「ふらふら」に傍点]」は底本では「ふらふ[#「ふらふ」に傍点]ら」]と機械のそばへ寄って行ったように見えたと云うことだが……。
高田 (打消すように。)いや、そんなことは無い。阿香さんの死んだのは確に過失ですよ。自分の方から機械のそばへ寄った
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