々にここを立去った。
 表へ出て若い中間はほっとした。かれは疑問の西瓜をかかえて、湯島の方へ急いで行きかけたが、小半町《こはんちょう》ほどで又立ちどまった。これをこのまま先方へとどけて好いか悪いかと、かれは不図《ふと》かんがえ付いたのである。どう考えても奇怪千万なこの西瓜を黙って置いて来るのは何だか気がかりである。さりとて、途中でそれが生首に化けましたなどと正直にいうわけにもいくまい。これはひとまず自分の屋敷へ引っ返して、主人に一応その次第を訴えて、なにかの指図を仰ぐ方が無事であろうと、かれは俄かに足の方角を変えて、本所の屋敷へ戻ることにした。
 辻番所でも相当に暇取ったので、長い両国橋を渡って御米蔵に近い稲城の屋敷へ帰り着いたころには、日もまったく暮れ切っていた。稲城は小身の御家人《ごけにん》で、主人の八太郎夫婦と下女一人、僕《しもべ》一人の四人暮らしである。折りから主人の朋輩の池部郷助《いけべごうすけ》というのが来合せて、奥の八畳の縁さきで涼みながら話していた。狭い屋敷であるから、伊平は裏口からずっと通って、茶の間になっている六畳の縁の前に立つと、御新造《ごしんぞう》のお米《よね》
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