てしまって、何と言っていいか判らなかった。その混乱のあいだにも私の眼についたのは、横田君の白い服と麦わら帽であった。
「あなたは倉沢君と××軒へ行ったときにも、やはりその服を着ておいででしたか。」
「そうです。」と、横田君はうなずいた。
「帽子もその麦藁で……。」
「そうです。」と、彼は又うなずいた。
 麦わら帽に白の夏服、それが横田君の一帳羅《いっちょうら》であるかも知れない。したがって、横田君といえばその麦わら帽と白い服を連想するのかも知れない。さきの夜、倉沢が一種の幻覚のように横田君のすがたを認めた時に、麦わら帽と白い服を見たのは当然であるかも知れない。しかもその幻覚にあらわれた横田君と一緒に西瓜を食って、彼の若い命を縮めてしまったのは、単なる偶然とばかりは言い得ないような気もするのである。
 かれが東京で西瓜をしばしば食ったことは、わたしも知っている。しかも静岡ではなるべく遠慮していると言ったにも拘らず、彼は横田君と一緒に西瓜を食ったのである。群衆妄覚をふりまわして、稲城家の怪事を頭から蹴散らしてしまった彼自身が、まさかに迷信の虜《とりこ》となって、西瓜に祟られたとも思われない
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