ら、夜行の列車で京都を立つと、午前十一時ごろにはここへ着くことになるだろう。」
「廿九日の午前十一時ごろ……。きっと、待っているよ。」と、彼は念を押した。
四
その日は終日暑かった。日が暮れてから私は裏手の畑のあいだを散歩していると、倉沢もあとから来た。
「君、例の西瓜畑の跡というのを見せようか。昔はまったく空地《あきち》にしてあったのだが、今日《こんにち》の世の中にそんなことを言っちゃあいられない。僕はしきりに親父に勧めて、この頃はそこら一面を茶畑にしてしまったのだ。」
彼は先に立って案内してくれたが、成程そこらは一面の茶畑で、西瓜の蔓が絡み合っていた昔のおもかげは見いだされなかった。広い空地に草をしげらせて、蛇や蛙の棲家にして置くよりも、こうすれば立派な畑になると、彼はそこらを指さして得意らしく説明した。その畑も次第に夕闇の底にかくれて、涼しい風が虫の声と共に流れて来た。
「おお、涼しい。」と、わたしは思わず言った。
「東京と違って、さすがに日が暮れるとずっと凌ぎよくなるよ。」
こう言いかけて、倉沢はうす暗い畑の向うを透かして視た。
「あ、横田君が来た。どうして
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