墓の前を立ち去ろうとする時、若い陸軍少尉が十四、五人の兵士を連れて通りかかった。彼は私が中学生時代の同期生吉田君で、一年志願兵の少尉であるが、去年の九月以来召集されている。その吉田君に偶然ここで出逢ったのは意外であったが、叔父の死を聞いて、彼も気の毒そうに顔をしかめた。
「葬式に好い時節というのはないが、新年早々は何ともいいようがない。」
 いずれお目にかかりますといって別れたが、私はその後再び吉田君に逢う機会がなかった。吉田君は台湾鎮定に出征して、その年の七月十四日、桃仔園で戦死を遂げた。青山墓地の別れがこの世の別れであった。同じ日に二つの思い出、人の世には暗い思い出が多い。



底本:「岡本綺堂随筆集」岩波文庫、岩波書店
   2007(平成19)年10月16日第1刷発行
   2008(平成20)年5月23日第4刷発行
底本の親本:「思ひ出草」相模書房
   1937(昭和12)年10月初版発行
入力:川山隆
校正:noriko saito
2008年10月24日作成
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