で、自然はほほえむようにもみえた。しかも今日はマデライン嬢と一緒に散歩するでもなく、馬に乗るでもなかった。彼女は一日働いているらしく、僕はちょっとその姿を見ただけであった。食事の時にわれわれは顔を合わせたが、彼女はしとやかであった。しかも静かで、控え目がちであった。僕はゆうべ彼女に対してはなはだ乱暴であったが、僕の言葉の意味はよく分かっていないので、彼女はそれをたしかめようとしているに相違なかった。それは彼女として無理もないことで、ゆうべの僕の顔色だけでは、言葉の意味はわかるまい。僕は伏目になって凋《しお》れかえって、ほんの少しばかり口をきいただけであったが、僕の窮厄《きゅうやく》の暗黒なる地平線を横断する光明の一線は、彼女がつとめて平静をよそおいながら、おのずから楽しまざる気色のあらわれていることであった。
月の明かるい廊下もその夜は空明《からあ》きであった。しかし僕は家のまわりをうろつき歩いているうちに、マデライン嬢がひとりで図書室にいるのを見つけた。彼女は書物を読んでいたので、僕はそこへはいって行って、そばの椅子に腰をおろした。僕はたといじゅうぶんでなくとも、ある程度まではゆう
前へ
次へ
全27ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング