きことがあれば、どういう時にどう言うかということを、あのかたはちゃんとご存じですもの」
彼女は別に腹を立てたという様子も見せずに、極めておだやかに、極めて自然にそれを話した。もしマデライン嬢が僕に厚意を有するならば、僕が自分の競争者に対して不折り合いの態度を示したからといって、それについて悪感をいだかないはずである。彼女の言葉全体を案ずれば、僕にもたいてい分かるだけのヒントを得た。もしヴィラー君が僕の現在の地位にあれば、すぐに自分の思うことを言い出すに相違あるまいと思った。
「なるほど、あの人に対してそんな考えを持つのは悪いかもしれませんが……」と、僕は言った。「しかしどうも僕には我慢が出来ないのですよ」
彼女は僕を咎《とが》めようともせず、その後はいよいよ落ち着いているように見えた。しかし僕は、はなはだ苦しんだ。僕は自分の心のうちに絶えずヴィラー君のことを考えていないということを、ここで承認したくなかったからである。
「そんなふうに大きい声で言わないほうがいいでしょう」と、幽霊は言った。「そうでないと、あなた自身が困るようなことになりますよ。私はあなたのために、諸事好都合に運ぶことを望んでいるのです。そうすれば、あなたも進んで私を助けてくださるようになるでしょう。ことに私があなたのご助力をいたすような機会をつくれば……」
彼が僕を助けてくれるのは、この際ここを早く立ち去ってくれるに越したことはないと、僕は彼に話して聞かせたかったのである。若い女と恋をしようというのに、そばの欄干《てすり》には幽霊がいる――しかもその幽霊は僕の最も恐れている叔父の幽霊であることを考えると、場所も場所、時も時、僕はふるえあがらざるを得ないのである。ここで事件を進行させようとするのは、たとい不可能といわないまでも、すこぶる困難であるといわなければならない。しかも僕は自分のこころを相手の幽霊に覚《さと》らせるにとどまって、それを口へ出して言うわけにはゆかないのである。
幽霊はつづけて言った。
「あなたはたぶん、わたしの利益になるようなことをお聞き込みにならないのだろうと察しています。私もそうだと危《あや》ぶんでいたのです。しかし何かお話しくださるようなことがあるならば、あなたが一人になるまで待っていてもよろしいのです。私は今夜あなたの部屋へおたずね申してもよろしい。さもなければ、こ
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