ると、橋の隅の欄干によりかかって、立派な服装《なり》をしていながら、白い顔をして顫《ふる》えているコスモが立っていた。
「おお、コスモ。わたしは自由になりました。私はいつまでもあなたのものです。私はあなたの処へゆく途中だったのです」
「私もあなたのところへ行く途中でした。死がこれだけのことをさせたのです。私はこの以上どうにも出来なかったのです。私は報われたのでしょうか。私は少しでもあなたを愛することが出来るでしょうか……。ほんとうに……」
「あなたが私を愛していらっしゃることは、わたしにもよく分かりました。それにしても、どうして〈死〉などということをおっしゃるのです」
その答えは聞かれなかった。コスモは手で横腹を強く抑《おさ》えていたが、姫はそれをよく見ると、抑えている彼の指のあいだからおびただしい血がほとばしっていた。彼女は悼《いた》ましさと悲しさが胸いっぱいになって、両手で彼をいだいた。
侍女のリザが駈けつけて来たとき、姫は蒼白い死人の顔の前にひざまずいていた。その死人の顔は妖魔のごとき月光のもとに微笑を浮かべて――
底本:「世界怪談名作集 下」河出文庫、河出書房新社
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