てくると、コスモはその上に、香その他の材料を混合したものを撒《ま》いた。それから描いた線のなかに歩み寄って、火鉢の所から振り向いて鏡のなかの女の頭を見つめながら、強い魔法の呪文《じゅもん》をふるえる声でくりかえした。
 それがあまりに長く続かないうちに、彼女は顔を蒼くしたが、波が打ち返すように今度は顔をあからめて、手をもって顔をかくした。彼は魔法をさらに強くつづけた。彼女は起《た》って、室内を不安そうにあちらこちら歩きながら、何か腰をおろすものが欲しいように見まわしていた。とうとう、彼女は突然に見つけたようであった。彼女は眼を大きくいっぱいに見ひらいて彼を見つめていたが、なんだか気が進まないようなふうに身を引いて、鏡の近くに寄って行った。
 コスモの眼が彼女に一種の魅力を与えたようであった。コスモは今までこんなに間近く彼女を見たことはなかった。眼と眼とが合うほどまでに近づいたが、それでも彼女の表情は分からなかった。その表情は優しい哀願をこめているものであったが、その以上の、言葉に尽くせない何物かがあった。彼は胸の思いが喉《のど》のところまで込み上げて来たが、なにぶんにもまだ魔法を続けて
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