って、ひそかに自分を慰めていた。なぜといえば、「すべて恋する人の心は相手に通ずるものである」また、「実際、どれだけの愛人たちが、この鏡のうちと同じように、ただ見るばかりでそれ以上近づき得られないでいるか。知っているようで、また知っていないようで、相手の心に触れるひまもなく、ただこの宇宙のような漠然とした心持ちだけで何年もの間をさまよいあるいているか」また、「自分がもし彼女と語ることが出来さえすれば、彼女が自分の言うことを聴いてさえくれれば、それだけで自分は満足する」――コスモはそう思ったりした。あるときは、彼は壁に絵をかいて、自分の思いを伝えようかと思ったが、いざやって見ると、絵の上手な割りには手がふるえて描けなかった。彼はそれもやめてしまったのであった。
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生けるものは死し、死するものまた生く。
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 ある夜のことであった。コスモは自分の宝である彼女を見つめていると、彼女はコスモの熱情ある眼が自分に注がれていることを知ったらしい自覚の顔色をほのかに現わしたのを見たのであった。[#「。」は底本では「。、」]彼女もしまいには、首から頬、額にかけ
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