ててある古い剣の柄《つか》がしらの上に置いているのであった。ほかにもいろいろの武器が床の上に散らかっている。壁はまったく装飾なく、羽《はね》をひろげた大きいひからびた蝙蝠《こうもり》や、豪猪《やまあらし》の皮や剥製の海毛虫《シーマウス》や、それらが何だか分からないような形になって懸かっている。但《ただ》し、彼はこんな不可思議な妄想に耽っているかと思えば、また一方にはそれとまったく遠く懸け離れたことをも考えているのであった。
 かれの心はけっして恍惚たる感情をもって満たされているのではなく、あたかも戸外の暁け方のように、匂いをただよわす微風ともなり、また、あるときは大木を吹きたわませる暴風ともなるのであった。彼は薔薇《ばら》色の眼鏡を透してすべての物を見た。かれが窓から下の町を通る処女《おとめ》をみおろした時、その処女はすべて小説ちゅうの人物ならざるはなく、彼女の影が遠く街路樹のうちに消え去るまで、それを考えつづけているのである。彼が町をあるく時、あたかも小説を読んでいるような心持ちで、そこに起こるいろいろの出来事を興味ある場面として受けいれるのである。そうして、女の美しい声が耳にはいる
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