の窓にめずらしく賑やかに灯がついているのを見た。しばらく気をつけて見ていると、何かの集まりのために、だんだんに人が入り込んでゆくので、コスモは急いで下宿に帰って、できるだけ贅沢な服装《なり》をして、自分も他の客にまじってその家の中へ無事に入り込むことを考えた。それには、コスモはその風采からいっても申し分はないのであった。

 この町の別な処にある高楼《たかどの》の静かな一室に、生きているとは思われない、大理石のような姿をした一人の女が横たわっていた。口を硬くとじ、眼瞼《まぶた》をたたんでいて、その顔には美しい死が彼女を凍らせているかと思われた。その手は胸の上に置かれているが、呼吸《いき》もないようである。この死人のそばには、二、三の人が控えていて、人間の声がまだ生き残っているものを破るのを恐るるごとくに、小さくささやいていた。死人の霊魂は人間のすべての感覚がとどき得ない高い所にあるにもかかわらず、女のそばには二人の婦人が、悲しみを押さえるような極めて静かな声で話していた。
「このかたはもう一時間以上もこうしていられます」
「もう長いことはないかと存じます」
「この数週間のあいだに、どうしてこうもお痩せになったのでございましょう。このかたが何かお話しくだすって、なにを苦しんでいらっしゃるのかおっしゃってさえくださればよろしいのですが、お目ざめになっていましても、どうしてもおっしゃらないのでございます」
「昏睡状態になって、なにもおっしゃりませんでしたか」
「何もお聞き申さないのでございます。それでも、このおかたが時どきお歩きになって、ある時などは一時間のあいだもお見えにならなくなったことがあって、お屋敷じゅうの人たちがびっくりなすったそうでございます。その時、このおかたは雨にお濡れになってお疲れと恐れのために死んだようになっていらしったそうで……。その時でさえも、どんなことが起こったのか、なにもおっしゃらなかったそうでございます」
 この時、そばについている人たちは、動かない死人の女の口から聞こえるか聞こえないかの弱い声をきいてびっくりした。つづいて何かしきりにわけの分からないような言葉が出たかと思うと、そのうちに、「コスモ」という言葉が彼女の口から出た。それからしばらくの間、またそのままに眠っていたが、突然大きい叫び声を立てて、寝台の上に飛びあがって、両手を強く握り
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