り片づけた。
三
コスモはその夜は眠られなかった。
彼は戸外の夜風に吹かれ、夜の空を仰いで心を慰めるために外出した。外から帰って、心はいくらか落ち着いたが、寝床に横になる気にはなれなかった。その寝台にはまだ彼女が横たわっているように思われて、自分がそこに寝ころぶのは、なんだか神聖を涜《けが》すように感じられてならなかった。しかし、だんだんに疲労をおぼえて、着物を着かえもせずにそのまま寝台に横たわって、次の日の昼ごろまで寝てしまったのであった。
翌日の夕方、彼は息づまるほどに胸の動悸を感じながら、ひそかに希望をいだいて鏡の前に立ったのである。見るとまたもや鏡にうつる影は、たそがれの光りをあつめた紫色の霞《かすみ》を透して光っていた。すべてのものは彼と同じように、天来の喜びがあらわれてきて、この貧しい地上に光明を与えるのを待っているようであった。近くの寺院からゆうべの鐘がひびいてきて六時の時刻を示すと、ふたたび青白い美女は現われて来て、寝台の上に腰を掛けたのであった。
コスモはそれを見ると、嬉しさのあまり夢中になった。彼女が再び出て来たのである。彼女はあたりを見まわして、骸骨がいないのを見ると、かすかに満足のおももちを見せた。その憂わしい顔色はまだ残っていたが、ゆうべほどではない。彼女は更にまわりのものに気をつけて、部屋のそこやここにある変わった器具などを物めずらしそうに見ていたが、それにもやがて倦《あ》いたらしく、睡気に誘われたように寝入ってしまった。
今度こそは彼女の姿を見失うまいとコスモは決心して、その寝姿に眼を離さなかった。彼女の深い睡《ねむ》りを見つめていると、その睡りが心をとろかすように、彼女からコスモに移って来るように思われた。しかも彼女が起きあがって、眼をとじたままで無遊病者のような足どりで部屋から歩み去った時には、コスモも夢からさめたように驚いた。
コスモはもう譬《たと》えようのない嬉しさであった。たいていの人間は秘密な宝をかくし持っているものである。吝嗇《りんしょく》の人間は金をかくしている。骨董家《こっとうか》は指環を、学生は珍書を、詩人は気に入った住居を、恋びとは秘密のひきだしを、みなそれぞれに持っている。コスモは愛すべき女のうつる鏡を持っているのである。
コスモは骸骨がなくなったのち、彼女が周囲に置いてあるものに
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