くなってしまった。彼の姉妹、マリーもマルタも彼を見捨てて去ったからである。
マルタは自分のいないあかつきには、兄を養い、兄を憫れむ者も無いことを思うと、兄を捨てて去るに忍びなかったので、その後も長い間、兄のために或いは泣き、或いは祈っていたのであるが、ある夜、烈しい風がこの荒野を吹きまくって、屋根の上に掩いかかっているサイプレスの木がひらひらと鳴っている時、彼女は音せぬように着物を着がえて、ひそかに我が家をぬけ出してしまった。ラザルスは突風のために入口の扉が音を立てて開いたのに気が付いたが、起ち上がって出て見ようともせず、自分を棄てて行った妹を捜そうともしなかった。サイプレスの木は夜もすがら彼の頭の上でひゅうひゅうと唸り、扉は冷たい闇のなかで悲しげに煽っていた。
ラザルスは癩病患者のように人々から忌み嫌われたばかりではなく、実際癩病患者が自分たちの歩いていることを人々に警告するために頸に鈴《ベル》を付けているように、彼の頸にも鈴を付けさせようと提議されたが、夜などに突然その鈴の音が、自分たちの窓の下にでも聞こえたとしたら、どんなに恐ろしいことであろうと、顔を真っ蒼にして言い出した者
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