いたので、一同はぼんやりとした驚愕を感じながら、この二人を互い違いに見詰めているうちに、かれらはそもそもなんの為にここへ集まって来て、美しい食卓に着いているのか判らなくなって来た。この問答はそのまま沙汰止みになって、お客たちはもう帰宅する時刻だとは思いながら、筋肉にこびりついた懶《ものう》い疲労にがっかりして、暫くそこに腰を下ろしたままであったが、それでもやがて闇の野に飛ぶ鬼火のように一人一人に散って行った。
 音楽師は金を貰ったので再び楽器を手に取ると、悲喜こもごも至るというべき音楽が始まった。音楽師らは俗謡を試みたのであるが、耳を傾けていたお客たちは皆なんとなく恐ろしい気がした。しかもかれらはなぜ音楽師に絃の調子を上げさせたり、頬をはち切れそうにして笛を吹かせたりして、無暗に賑やかな音楽を奏させなければならないのか、なぜそうさせたほうが好いのか、自分たちにもわからなかった。
「なんというくだらない音楽だ。」と、ある者が口を開いたので、音楽師たちはむっとして帰ってしまった。それに続いてお客たちも次々に帰って行った。その頃はもう夜になっていた。
 静かな闇に出て、初めてほっと息をつくと、忽ちかれらの眼の前に盛装した墓衣を着て、死人《しびと》のような紫色の顔をして、かつて見たこともないほどに恐怖の沈滞しているような冷やかな眼をしたラザルスの姿が、物凄い光りのなかに朦朧として浮き上がって来た。かれらは化石したようになって、たがいに遠く離れてたたずんでいると、闇はかれらを押し包んだ。その闇のなかにも三日のあいだ謎のように死んでいた彼の神秘的な幻影はますます明らかに輝き出した。三日間といえば、その間には太陽が三度出てまた沈み、子供らは遊びたわむれ、小川は礫《こいし》の上をちょろちょろと流れ、旅びとは街道に砂ほこりを立てて往来していたのに、ラザルスは死んでいたのであった。そのラザルスが今や再びかれらのあいだに生きていて、かれらに触れ、かれらを見ているではないか。しかも彼の黒いひとみの奥からは、黒ガラスを通して見るように、未知のあの世が輝いているのであった。


 三

 今では友達も親戚もみなラザルスから離れてしまったので、誰ひとりとして彼の面倒を見てやる者もなく、彼の家はこの聖都を取り囲んでいる曠原のように荒れ果てて来た。彼の寝床は敷かれたままで、消えた火をつける者とても無
前へ 次へ
全21ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング