ていますね。」
夜が来て、深い闇が空気を埋めた。
「あしたになって太陽がまた昇ったら、どんなに好いでしょうな。私は、まあ友達などの言うところに依りますと、お前さんも知っている筈の、名の売れた彫刻家です。わたしは創作をします。そうです、まだ実行にまでは行きませんが、私には太陽が要るのです。そうして、その日光を得られれば、私には冷たい大理石に生命をあたえ、響きある青銅を輝く温かい火で鎔《とか》すことが出来るのです。――やあ、お前さんの手がわたしに触れましたね。」
「お出でなさい。あなたは私のお客です。」と、ラザルスは言った。
二人は帰路についた。そうして、長い夜は地球を掩い包んだ。
朝になって、もう太陽が高く昇っているのに、主人のアウレリウスが帰って来ないので、奴隷は主人を捜しに行った。彼は主人とラザルスをそれからそれへと尋ねあるいて、最後に燬《や》くが如くにまばゆい日光を正面に受けながら、二人が黙って坐ったままで、上の方を眺めているのを発見した。奴隷は泣き出して叫んだ。
「旦那さま、あなたはどうなすってしまったのです、旦那さま。」
その日に、アウレリウスはローマへ帰るべく出発した。道中も彼は深い考えに沈み、ほとんど物も言わずに、往来の人とか、船とか、すべての事物から、何物をか頭のなかに烙《や》き付けようとでもするように、一々に注目して行った。沖へ出ると、風が起こって来たが、彼は相変わらず甲板の上に残って、どっと押し寄せては沈んでゆく海を熱心に眺めていた。
家に帰り着くと、彼の友達らはアウレリウスの様子が変わっているのに驚いた。しかし彼はその友達らを鎮めながら意味ありげに言った。
「わたしは遂にそれ[#「それ」に傍点]を発見したよ。」
彼はほこりだらけの旅装束のままで、すぐに仕事に没頭した。大理石はアウレリウスの冴えた槌の音をそのままに反響した。彼は長い間、誰をも仕事場へ入れずに、一心不乱に仕事に努めていたが、ある朝彼はいよいよ仕事が出来上がったから、友達の批評家らを呼び集めるようにと家人に言い付けた。彼は真っ紅な亜麻《あま》織りに黄金を輝かせた荘厳な衣服にあらためて、かれらを迎えた。
「これがわたしの作品だ。」と、彼は深い物思いに耽りながら言った。
それを見守っていた批評家らの顔は深い悲痛な影に掩われて来た。その作品は、どことなく異様な、今までに見慣れて
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