バーンは自分が一座の注目の的となっているのを心得ていながら、平然とシガーをくゆらせて言いつづけた。
「まったく不思議な話というのは、幽霊の話なんだがね。いったい人間という奴は、誰か幽霊を見た者があるかどうかと、いつでも聞きたがるものだが、僕はその幽霊を見たね」
「馬鹿な」
「君がかい」
「まさか本気じゃあるまいね、ブリスバーン君」
「いやしくも知識階級の男子として、そんな馬鹿な」
こういったような言葉が同時に、ブリスバーンの話に浴びせかけられた。なんだ、つまらないといったような顔をして、一座の面めんはみなシガーを取り寄せると、司厨夫《バットラー》のスタッブスがどこからとなしに現われて、アルコールなしのシャンパンの壜《びん》を持って来たので、だれ[#「だれ」に傍点]かかった一座が救われた。ブリスバーンは物語をはじめた。
僕は長いあいだ船に乗っているので、頻繁《ひんぱん》に大西洋を航海する時、僕は変な好みを持つようになった。もっとも大抵の人間にはめいめいの好みというものはある。たとえて言えば、僕はかつて、自分の好みの特種の自動車が来るまで、ブロード・ウェイの酒場《バア》で四十五分も待
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