ラにいるのだ」と、私はくりかえして自分に言った。「ジャック・パンセイというおれは、今シムラにいる。しかもここには幽霊はいないではないか。あの女がここにいるふうをしているのは不合理のことだ。何ゆえにウェッシントン夫人はおれを独りにしておくことが出来なかったのか。おれは別にあの女に対してなんの危害を加えたこともないのだ。その点においてはあの女も同じことではないか。ただ、おれはあの女を殺す目的で、あの女の手に帰って行かなかっただけのことだ。なぜおれは独りでいられないか。……独りで、幸福に……」
私が初めて目をさました時は、あたかも正午であったが、私が再び眠りかかった時分には太陽が西に傾いていた。それから犯罪者が牢獄の棚《たな》の上で苦しみながら眠るように眠ったが、あまりに疲れ切っていたので、かえって起きている時分よりも余計に苦痛を感じた。
翌日もわたしはベッドを離れることが出来なかった。その朝、ヘザーレッグは私にむかって、マンネリング氏からの返事が来たことや、彼(ヘザーレッグ)の友情的|斡旋《あっせん》のおかげで、わたしの苦悩の物語はシムラの隅ずみまで拡がって、誰もみなわたしの立ち場に同
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