くれあがって雲の峰のように渦を巻いて、わたしの上に落ちてきたような気がしていた。

       四

 それから一週間の後《のち》(すなわち、五月七日)に私はヘザーレッグの部屋に、まるで小さい子供のように弱って横たわっているのに気がついた。ヘザーレッグは机の上の書類越しに私をじっと見守っていた。かれの最初の言葉は別に私に力をつけてくれるようなものでもなかった。わたし自身もあまりに疲れ過ぎていたので、少しも感動しなかった。
「キッティさんから返してきたあなたの手紙がここにあります。さすがに若い人だけに、あなたもだいぶ文通をしたものですね。それからここに指環らしい包みがあります。それにマンネリングのお父さんからの丁寧な手紙がつけてありましたが、それは私の名《な》宛《あて》であったので、読んでから焼いてしまいました。お父さんはあなたに満足していないようでしたよ」
「で、キッティは……」と、私は微《かす》かな声で訊いた。
「いや、その手紙は彼女のお父さんの名にはなっていましたが、むしろ彼女の言っている言葉でしたよ。その手紙によると、あなたは彼女と恋に陥《お》ちた時に、不倫の思い出の何もかも打
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