れから、自分たち二人は婚約の間柄であるから、死んで地獄でも二人のあいだの絆《きずな》を断ち切ることは出来ないぞと幽霊に話したことだけは、自分でも明瞭に記憶しているし、自分よりも更にキッティのほうがよく知っている。私は夢中になって、人力車のうちの恐ろしい人物にむかって、自分の言ったことはみな事実であるから、今後自分を殺すような苦悩《くるしみ》をゆるしてくれと、くりかえして訴えた。今になって思えば、それは幽霊に話しかけていたというよりも、ウェッシントン夫人と自分との古い関係をキッティに打ち明けたようなものであったかもしれない。真っ白な顔をして眼を光らせながら、その話にキッティが一心に耳を傾けていたのを私は見た。
「どうもありがとう、パンセイさん」と、キッティは言った。「もうたくさんです。わたしの馬を連れておいで」
東洋人らしい落ちついた馬丁が、勝手に走って行った馬を連れ戻して来ると、キッティは鞍《くら》に飛び乗った。私は彼女をしっかりと押さえて、私の言うことをよく聞いて、わたしを免《ゆる》してもらいたいと切願すると、彼女はわたしの口から眼へかけて鞭で打った。そうして、ひと言ふた言の別れ
前へ
次へ
全56ページ中39ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング