私も喜んでその申しいでを受けた。
 わたしの予感は誤まらなかった。幽霊はもう樹蔭の路に待ち受けていた。しかも、私たちの行く手を悪魔的に冷笑しているように、前燈《ヘッドランプ》に灯までつけていたではないか。赤鬚の男は食事ちゅうも絶えず私の先刻の心理状態を考えていたというような態度で、たちまちに灯の見えた地点まで進んで来た。
「ねえ、パンセイ君。エリイシウムの道で何か変わった事でもあったのですかね」
 この質問があまり唐突《とうとつ》であったので、私は考えるひまもなしに返事が口から出てしまった。
「あれです」と言って、わたしは灯の方を指さした。
「私の知るところによれば、化け物などというものはまず酔っ払いの囈語《たわこと》か、それとも錯覚ですな。ところで今夜、あなたは酒を飲んでいられない。わたしは食事中、酔っ払いの囈語でないことを観察しましたよ。あなたの指さしている所には、なんにもないではありませんか。それだのに、あなたはまるで物に怖《お》じた小馬のように汗を流して顫《ふる》えているのを見ると、どうも錯覚らしいですな。ところで、私はあなたの錯覚について何もかも知りたいものですが、どうでしょ
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