この男の最後の言葉を大きい声で笑ったが、その笑い声に自分でぞっとした。それではやはり人力車の幽霊や、幽霊が幽霊を雇い入れるなどという事があるのであろうか。ウェッシントン夫人は苦力らにいくらの賃金を払うのであろうか。かれら苦力は何時間働くのであろうか。そうして、かれら苦力はどこへ行ったのであろうか。
すると、私のこの最後の疑問に対する明白なる答えとして、まだ黄昏《たそがれ》だというのに、またもや例の幽霊がわたしの行く手をふさいでいるのを見た。亡者《もうじゃ》は足が速《はや》く、一般の苦力さえも知らないような近路をして走り廻る。私はもう一度大きい声を立てて笑ったが、なんだか気違いになりそうな気がしたので、あわててその笑い声をおさえた。いや、私は人力車の鼻のさきで馬を止めると、慇懃《いんぎん》にウェッシントン夫人にむかって、「今晩は」と言ってしまったところをみると、すでにある程度までは気が違っていたのかもしれない。彼女の返事は、私がよく知り過ぎているほどに聞きなれた例の言葉であった。わたしは彼女の例の言葉をすっかり聞いてから、もうその言葉は前から幾たびか聞いているから、もっと何かほかのこと
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