と、談笑しながら先日のように、ショタ・シムラの道に沿って馬をゆるやかに進めていった。
 私はサンジョリー貯水場に行って、自分はもう幽霊に襲われないという自信をたしかめるために馬を急がせた。私たちの馬はよく走ったにもかかわらず、わたしの逸《はや》る心には遅くて遅くてたまらなかった。キッティは私の乱暴なのにびっくりしていた。
「どうしたの、ジャック」と、とうとう彼女は叫んだ。「まるでだだっ児《こ》のようね。どうしようというんです」
 ちょうど私たちが尼寺の下へ来た時、わたしの馬が路から跳《おど》り出ようとしたのを、そのままにひと鞭《むち》あてて、路を突っ切って一目散に走らせた。
「なんでもありませんよ」と、私は答えた。「ただこれだけのことです。あなただって一週間も家にいたままでなんにもしなかったら、私のようにこんなに乱暴になりますよ」
[#ここから2字下げ]
上上の機嫌で囁《ささや》き、歌い、
生きている身を楽しまん。
造化《ぞうか》の神よ、現世の神よ、
五官を統《すべ》る神様よ。
[#ここで字下げ終わり]
 まだ私の歌い終わらないうちに、私たちは尼寺の上の角をまわって、さらに三、四ヤード行くと、サンジョリーが眼の前に見えた。平坦な道のまん中に黒と白の法被と、ウェッシントン夫人の乗っている黄いろい鏡板の人力車が立ちふさがっているではないか。私は思わず手綱を引いて、眼をこすって、じっと見つめて、たしかに幽霊に相違ないと思ったが、それからさきは覚えない。ただ道の上に顔を伏せて倒れている自分のそばに、キッティが涙を流しながらひざまずいているのに気がついただけであった。
「もう行ってしまいましたか」と、わたしは喘《あえ》いだ。
 キッティはますます泣くばかりであった。
「行ってしまったとは……。何がです……。ジャック、いったいどうしたの。何か思い違いをしているんじゃないの。ジャック、まったく思い違いよ」
 彼女の最後の言葉を耳にすると、私はぎょっとして立ち上がった。――気が狂って――しばらくのあいだ囈語《うわこと》のようにしゃべり出した。
「そうです、何かの思い違いです」と、私はくりかえした。「まったく思い違いです。さあ、幽霊を見に行きましょう」
 私はキッティの腰を抱えるようにして、幽霊の立っている所まで彼女を引っ張って行って、どうか幽霊に話しかけさせてくれと哀願した。
 そ
前へ 次へ
全28ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング