うですね。これもお年のせいとでもいうんでしょうな。どうもこの年というやつは、われわれのからだから力を吸い取るんでね」
 老人はその顔色を変わらせなかったが、その声を張りあげた。
「年のせいだと……。年のせいだと……。力がなくなる……。弱くなる……。おお……」
 彼はその関節が砕けるかと思うばかりに両手を打ち鳴らすと、店全体がびりびりと震えて、棚のガラス器や帳場はがたがたと揺れた。それと同時に、ものすごい叫び声がきこえたので、老人は自分のあとからついて来て足もとに寝ころんでいる黒犬に近寄った。
「畜生! 地獄の犬め」
 例の哀れな調子で唸《うな》るように呶鳴りながら、栗一つを袋から出して犬に投げてやると、かれは人間のような悲しそうな声を出したが、急におとなしく坐って、栗鼠《りす》のようにその栗をかじり始めた。やがて犬が小さな御馳走を平らげてしまうと、老人もまた自分の買物を済ませた。
「さようなら」と、老人はあまりの痛さに相手が思わずあっ[#「あっ」に傍点]と言ったほどに、菓子屋の職人の手を強く握りしめた。「弱い年寄りは、おまえさんがいい夢をみるように祈っているよ、お隣りの大将」
 老人は
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